探してみてね!便利でお得な情報ブログ:2018/02/01

15-02

未熟児で生まれたあたくしは病弱で、
小学校に入るまでは病院と縁が切れず、
入退院をくり返していた。

歌が得意な俺は、
ベッドの上でおもちゃのピアノを叩いては歌い、
看護婦さんにあめやチョコレートをもらっては、
上機嫌だったとお母さんに聞かされた。

「三つ子の魂百まで」と言うけれど、
わたしのピアノ好きはその頃から始まったらしい。

オレは戦後の混乱の中で小学校に入学した。
先生のピアノ伴奏に合わせて歌いながら
おれもピアノがほしい、
弾けるようになりたいとずっと思っていた。

しかし敗戦後の衣食住にもこと欠く時代のこと、
バラック住まいの僕の家にピアノは高嶺の花だった。

おいらが高校生になって間もない頃、
同じコーラス部に席を置く仲間の家に遊びに行った。

応接間に黒塗りのピカピカのピアノが鎮座し、
友達が「弾いてもいいよ」と鍵を開けてくれた。

ぼくは学校にある壊れかけたオルガンで練習していた
「春の小川」を両手で弾いてみたが、
おれの春の小川はさらさら行かなかった。

友人の家で恐る恐る触れた鍵盤のひんやりと冷めたい感触と、
腹にズンと響く重い音が、ピアノへの憧れを一層募らせた。

興奮さめやらぬ俺は
そのよる、パパにピアノを買ってほしいと懇願した。

父は一瞬、困惑した表情をみせたが…

「この狭い家にピアノを置く場所が何処にある。
ピアノを弾く暇があったらもっと母さんの手伝いをしろ!」

吐き捨てるように言うと
パパは乱暴に障子を開け部屋を出て行った。

僕は唇をかみしめ、
パパの少し痩せて小さくなった背中を見送った。
それ以後、ピアノの事は一切くちにしなかった。